もう2週間近く前になるのだけれど、タル・ベーラの『ヴェルクマイスター・ハーモニー」を観た時の余韻がそこはかとなく続いている。
1994年に7時間18分もの長尺作品『サタンタンゴ』を発表した後、2000年に製作されたのが『ヴェルクマイスター・ハーモニー』だ。
『サタンタンゴ』で出し切ったかと思いきや、これほどラディカルでパンクな(宣伝コピーがぴったりなので使ってみる)映画を、タイトな尺で斬り込んでくるなんて、凄いというか流石である。
今も『サタンタンゴ』を観た時の、意識不明に近い状態でモノクロの町をふらふら彷徨い続けたような感覚をよく覚えている。そして今回。
(HPより)
ハンガリーの荒涼とした田舎町。天文学が趣味のヤーノシュは老音楽家エステルの身の回りを世話している。エステルはヴェルクマイスター音律を批判しているようだ。
彼らの日常に、不穏な石が投げ込まれる。広場に忽然と現れた見世物の”クジラ“と、”プリンス“と名乗る扇動者の声。その声に煽られるように広場に群がる住人たち。彼らの不満は沸点に達し、破壊とヴァイオレンスへと向かい始める。
全編、わずか37カットという驚異的な長回しで語られる、漆黒の黙示録。扇動者の声によって人々対立していく様は、四半世紀前の制作ながら、見事なまでに現在を予兆している。
始まるなり、圧倒的なタル・ベーラ世界。
色のない夢の中を揺蕩うような気分で観ていた。
ヤーノシュは無垢な青年だ。宇宙やロマンを慈しみ、他者をケアする優しさもある。
ただ、世の中はそういう人ばかりで構成されているわけではない。様々な面を持っていたり、豹変したりもする。
ヤーノシュはクジラの見世物が見たくてたまらない。
だが、人々の得体の知れない不満はやがて暴動と化し、異常な破壊的状況へと雪崩れ込み、ヤーノシュも巻き込まれてしまう。
「私は独裁者的であり、完璧主義である」と言い切るタル・ベーラ自身がプリンスと重なって見えるほど、幻惑的な映画体験。
劇場の外に出てからも、街の色彩が映画の続きみたいなモノクロームで、変な気分になった。
Werckmeister Harmonies
監督・脚本:タル・ベーラ
原作・脚本:クラスナホルカイ・ラースロー
出演:ラルス・ルドルフ、ペーター・フィッツ、ハンナ・シグラ、デルジ・ヤーノシュ…
2000年/ハンガリー・ドイツ・フランス/モノクロ/146分
Bon Voyage★