先日2/13、ワタリウム美術館で、トルコ地震緊急支援のための3代目・桂春蝶師匠によるチャリティー寄席がありました。
その配信付きの義捐金募集がワタリウム美術館サイトで行われています。
よろしければ、ぜひ。
ワタリウム美術館のディレクター・和多利月子さんは、かつて(明治25年)エルトゥールル号の義捐金をオスマン帝国に運び、日本とトルコの親交を結んだ山田寅次郎のお孫さんに当たるのだそうです。義捐金という言葉はここから生まれたのだとか。
奇しくもその日は、山田寅次郎65回目の命日でもありました。
山田寅次郎は茶道宗徧流の第8世家元・山田宗有でもあり、多方面で活躍した人だということがわかります。
3代目・桂春蝶師匠はこれまでもエルトゥールル号について話してきたこともあり、月子さんとご縁の深い方で、今回の話もすぐに決まったそうです。
最初はゆるい雑談のような話から始まり、古典落語「やかん」、そしてエルトゥールル号物語に。
自由自在に話を繰り広げながら、「この四角い座布団の上では時間軸が歪む」と彼が放った言葉にゾクゾクさせられました。
春蝶師匠が子供の頃、いつも家に芸人の方がいて、生でやり取りを見聞きしていたとのことで、中でも桂枝雀の話は印象的でした。
枝雀は私生活も演じていないと落語ができない状態だったのでは?…と子供心に見抜いていたのだそうです。(辺りに鬱っぽさ、死生観が漂っていた)
「子供の頃の方が場を読む能力があったような気がする」と仰っていましたが、私もそう思うことがよくあります。
父親である2代目春蝶は枝雀に気を遣っていて、その日もてっちり鍋を用意して待っていたら、現れた枝雀はまだ子供だった春蝶にいきなり「今、何に悩んでいる?」と話しかけ、子供心に真剣そのもので「本能寺の変で織田信長が明智光秀に殺されたとか、誰も本当のことを知らないのに話していることに悩む…」みたいなことを答えたら、「清らかな気持ちになった~」とか言ってそのまま帰ってしまったのだそうです。
で、父親春蝶は息子春蝶に「あの人、頭が変だと思うか?」と尋ね、「あの人、生き難そうにしてるね」と答えると、「あの人は長く生きられない、あの人のことがわかる(自分も)お前も長く生きられない。だから遊ぼう」と言って将棋盤を出してきて、母親はキレてしまった…と。
その数年後、父が亡くなり、そのまた後に枝雀も亡くなり、落語家を目指すようになった3代目春蝶。
ものを作ろうとすると、死生観に近づいていく。
そんな話を率直にしてくださいました。
行って、お話を聞いて、本当に良かったと思う日でした。